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あの人が遠くに [大人の童話]

あの人が遠くに
     
   秋乃 桜子


季節は枯葉舞う秋
ソラは独り並木の枯葉を踏みしめて歩いていた。
カサコソと、枯葉たちが足元を舞う
彩のカーニバル
秋は心をメルヘンの世界へと導く
コロポックルが・・・私を別の世界へと・・・

ボ~ッと歩いていると車がソラの脇に停まった。


「あなたでしたか・・・」
「えっ?」
「わたしですよ!命を救ってくれたじゃないですか」
「・・・あの時の?」
「はい!あの時の・・・です」
男は生まれ変わったように明るく、まるで別人のように見えた。
「お元気そうで良かったです・・・」
「はい!おかげさまで」

男とは短い会話をして別れた。

ソラは1年も付き合っていた恋人鈴木 翔太に彼女がいたとは思わなかった。
それも半同棲。
これは、男のエゴか、仕方のない動物と、諦めるべきことなのか・・・
ひたすら枯葉の上を歩き回り時の過ぎ行くのを待った。
きっと、時が今の自分の状況を何とかしてくれる・・・
忘れさせてくれる・・・。


それからしばらくして、あの男から一冊の本が届いた
達筆な文字で書かれた文章が添えられていた。

あの秋の夕暮れ、私はあの場所で私の愛した空に会ったような気がしました。
貴女の名前はソラ・・・何の因縁でしょうか、私の心は今も私の愛した空のところにいます。
私の命をこの時まで生かしてくれて、空との思い出の本も書けて幸せな思いでいます。
ただ・・・読んでくれる人がいません。
ご迷惑とは思いましたが、空と同じ名の、ソラさんに読んで頂きたくお届けした次第です。
本当にありがとうございました。


失恋男の自殺未遂?、女々しい泣き言の字列のぎっしり並んだ文章?
今のソラにはそんな本を読んで見る気も起きなかった。

翔太からの連絡は途絶え
恋人を失い本当に一人ぼっちになったと、感じた。

翔太とは仕事先で知り合った。
その翔太は今は職を替えて見知らぬ街で暮らしているのだろう。
秋の日の連休、女友達も恋人達と小旅行の出かけ
ソラは何もする事がなく窓辺の観葉植物に癒されながら時を過ごしていた。

ふと、テーブルに無造作に置かれたままの本が目に留まった。
それは、あの男から届けられた題名は「1800枚のラブレター」
副題 「私の愛した空」だった。
本など読むのは何年ぶりだろうか、女性週刊誌で芸能、ファッション
たまに政治に関すること、そんな程度で活字からしばらく遠ざかっていた。

読んでいて、内容はつまらないものに思えた。
他人のラブレターなんて、読んでも面白い訳がない。
毎日の日記風に書いていて登場人物や場所などは
多分、架空のものに置き換えられているのだろうとソラは思った。
毎日、毎日、「俺だけのおまえ、おやすみ」と文章は締めくくられていた。
1800枚といっても原稿用紙にするとその3倍はあるかと思われる枚数で
青い空と桜色の表紙が中年男が書いた本には不釣合いに見えた。
暇に任せ読み進んでいった。
つまらない、下らないと、思いながら
ソラは、最終章までたどり着いた。

「あ!私に助けられた時のことが書いてある
そうだ、翔太と一緒のときの事だ・・・」心の中で叫んだ。

人の書いたこんなもので?
涙が流れてきた・・・同じ名前の空と、ソラ?
あんなにひどい男なのに、翔太との思い出と重なった。

ふと、ソラの心臓が思い鉛を乗せられたかのように苦しくなった。

「あの人、今度は本当に遠くに行ってしまう!」

「助けてあげたじゃない!」

「ありがとうって言ってくれたじゃない!」

「嫌だよ!みんな生きなければ頑張って生きなければ!」

「私も、元気になるから、おじさんも死んじゃ駄目」

「あの人、本当に遠くに行っちゃうよ・・・誰か助けてあげて!」

涙とともに悲鳴に近いソラの声は振り出した雨音に掻き消えてしまった。


           完

あなたの車の中で [短編小説]

あなたの車の中で


               秋乃 桜子

女は車の中で自分の首にワイヤーを巻いた
ワイヤーの両方の端は車の左右のドアに苦心して付けた
女は暗くなるのを待って男に電話をかけた
今までの彼に対する愛と
そうして憎しみのありったけを
「私、あなたの車の中で死ぬわよ!」
男はあわてて、アパートから飛び出し
女のいる駐車場に、
「開けろよ!」
「嫌よ!」
問答が繰り返され、男は合鍵で自分の車のドァを
・・・乱暴に開けた
女の首に巻きつけられたワイァーはドアによって締め付けられ・・・



「ねえ?こんな風な小説ど~うよ」
「止めてよ!気味が悪い」
「女はさ、男に自分を殺させようと企むんだ~」
「変な小説!嫌だ~っ!そんなの・・・」
「夜さ・・・暗いと細いワイヤーは見えないし・・・」
翔太は不気味な笑いを浮かべた。


小説を書こうともがいている男の名は
鈴木 翔太
同棲している女は
河合 京子
翔太は高校を卒業後、地方の大学に進んだが途中で退学し
東京の専門学校に入校
本当はコピーライターになりたかったのだが卒業後まともな仕事に就けず
京子は、高校卒業後短大に進み、翔太と同じ専門学校に入校
入校後まもなく気が合い同棲を始める

もともと翔太は一匹狼的な性格で
人に使われるのを好まないばかりでなく
上司の言葉さえも気に入らないと聞く耳持たない性格の男であった。
京子は、というと、明るい性格のため
実力は伴わなくても結構、面接でいい感じに受かる事が多く
ただ、持続しない性格であったため
やはり職場を転々としていた。
お互いに持っていたコピーライターの夢はどこかに消えうせ
ただ、生活のためにだけ仕事をしていた。

「ねえ、翔太、第5エージェンシー募集しているよ」
「第5エージェンシー?それ、営業だろ・・・おれ、人と話したり得意じゃないし」
「だって、今の仕事よりやりがいがありそうだし・・・」
「だったら、京子が応募してみたらぁ」
「何っているのよ営業の仕事だって、きっかけが出来るかも知れないでしょう?
絵コンテ持って、受けにいってみたら・・・」
「無理だよ第5エージェンシーは営業だって難しいところだよ」
「そんなことないって、受けてみたら?」

翔太は、小説らしきものの続きを書き始め、何を言っても無駄だった。
京子は同棲といっても別に部屋を借りていた。

「翔太ぁ、今日は帰るね、お母さんが来るらしいから」
「うん?いいよ!明日は戻るの?」
「泊まっていくと思うから明日は夕方まで戻れないよ」

翔太は振り向きもせず答えた
「気をつけてな!」

京子は2週間ぶりに自分のアパートに戻った。
親にばれないように借りているアパートの家賃は5万、
安いと言っても京子には大金だった。
4畳半一間と狭いキッチン、ユニットバスとトイレの
テレビで見るような花のOLの生活とは、かけ離れた質素な部屋だった。
掃除を済ませた京子は、母からの電話を受けた。
予定が一日づれたらしい。
いつまでも母に内緒でこんな生活をしているのは苦痛だった。
翔太に結婚を望んだ事もあるが仕事が安定していないからと、
いい返事がもらえないままこんな生活を2年も続けている。

夜、京子は翔太のいるアパートに戻った。
アパートの明かりは消えていた。
合鍵で中に入った京子は暗闇の中で慌てる男と女の動きを感じた。
電気をつけるとシーツで顔を隠した女と翔太がいた。
「き・京子・・・」
情けない翔太の声
汗ばんだ獣の臭いが立ち込める狭い部屋の中
手を伸ばせば汚い男と女がいる
殴ろうとすれば殴れる位置

「翔太・・・忘れ物を取りに戻っただけだから・・・気にしないで」
「あ!・・・うん」
「翔太・・・うちにワイヤーあったっけ?」
「な・何するの・・・」
「あと、車借りるね」
「い・いいけど・・・」
「じゃあ、ごゆっくり・・・」
京子は身体の震えを隠しながら部屋を出た。

何も言えなかった、言葉が消えていく。
信じていた男が・・・

暗い駐車場の翔太の車の中に京子はいた。
首にはワイヤーが巻かれていた。

「もしもし翔太、私、あなたの車の中で死ぬわよ!」


                      完



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