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メモリアルダイアモンド [大人の童話]

「故人のご遺骨から炭素を抽出し精製、メモリアルダイアモンドに・・・」
 私はインターネットネットで見つけた記事を読んでいた。骨の一部か、あるいは遺骨の全部で人工ダイアが作れると言う。全部の骨を使うと墓の心配もなくなる。妻は、まもなく天使になる。何もしてやれない悲しさと悔しさの中で、どんな風に愛する妻を私の元に残そうかと考えていた矢先のこと。探してみると仙台にも取次店があった。
  たった2人の生活から独りぼっちになる寂しさ、反面、入院生活が長かったせ いか、妻を早く楽にしてやりたいとも思っていた。 心の中で早く天使になることを願う矛盾、そんな心の不安定な中、数ヵ月後、 妻は本当に天使になった。 ひっそりと家族だけの葬式を終えた。不思議と涙は出なかった
 しばらくして、私はダイアモンドのことを思 い出した。
 高価ではあったが死亡保険金の一部で支払いを済ませた。
 それから半年、妻の骨の全部が人工ダイアになって戻ってきた。 手に乗せるとキラット優しい光りを放った。私は小さくなった妻を、いつも懐に入れていた。 不思議なことにその輝きは毎日変化した。 そのうち私はそれが妻からのメッセージだと確信した。私が嬉しい時はピンク色に光り、私が悲しみに沈んでいると水色に光った。腹が立つ時はダイアも赤く光った。 「お前は私といつも一緒で、同じように感動して生きているんだね。」
数年が過ぎ、縁あって初婚の女性と再婚することになった。 何もいらないと言う彼女に、悪気はなかったが、あの人工ダイアで指輪を作り贈った。
「わあ!綺麗な真紅の石だわね」 彼女の言葉に、私は心臓が止まりそうになった。
 妻の骨で作った人工ダイアが、再婚相手の細い薬指にはまり、真っ赤な血の色に染まって怪しく輝き続けていたから。

ダイア120.jpg

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 [大人の童話]

「 ねえ、あなた起きて、ここはどこ?」

「いいから、こっちにおいで」

「こんなところにお線香がある」

「そうか・・・」
                                     
 部屋は薄暗く窓は障子戸だった。天井にはシミが浮き出ていて、部屋の暗さとシミの模様が恐ろしい獣のように見える。壁は白塗りでところどころが剥げ落ちて、ただ掃除はされているようだ。

 「ねえ、このお線香たて気味が悪い」

「死んだ、わたしたちのために村人が置いてくれたんだよ。寒いか?早く布団にお入り」

「・・・わたしたち死んだの? ねえ!あなたぁお布団くっつけていい?」
「うん、いいよ」

ここは東北の山の中、冬は道路が封鎖されて、なかなか容易に人の踏み込むところではない。寒くて凍えそうな寒さの中で二人は寝具に包まった。窓の外は世界を覆い隠すような勢いで雪が降りそそいでいる。

「ねえ~寒いね」

「ごめんなぁ寒いか?」

「うん、手つないでいい?」

男達が新しい線香を持ってきた 。

「この仏さんたち、なにもこんな雪深い山の中まで来て死ななくてもいいのによぉ」

「 まったく迷惑だよな。無理心中だって言うしさぁ男の方は肺がんの末期で女の方は、マダラボケだったらしいし」

「この雪じゃあしばらくこの仏様たちはこのままだべな~」

「お・おい!お前、仏さんをいじったか?」

「ば・ばか言え!そんなことするわけねえ」

「だって見ろよ布団はくっついているし手が・・・」

 

「ねえ、人の声がするよ。うるさいね・・・あなたの手冷たいね。あなた 寝たの?私も眠い・・・絶対に手、離さないでね・・・」


 [大人の童話]

お仕事を終えて、いつもの食堂で遅いランチ
所定のお気に入りの場所に席を取る
私の好きな絵がかけられているその場所は
疲れた身体を癒やしてくれる
絵の中の女性が私に微笑んでいるようで・・・

私には気になることがあった
いつも座る席の向い側
中年の男性が決まった時間に訪れ
ひとつ向い側のテーブルに
向かい合うように腰をおろす
見た目には普通の会社員風
混んでいない時間だと普通なら背中を向けて座る
あたりを見回すと皆一方に向いて食べている
その男性だけは私のほうを向いて・・・
それが・・・2週間以上続いている
彼のお気に入りの席?
私と同じ時間に現れる・・・

今日の私は違う
彼が席に着いたとたん
私はトレーを持って席を移動した
心なしか男性の顔が曇ったような気がした


そんなことがあって
その後、男は二度と私の前には現れなかった

・・・40年後
私は職場結婚をしてすぐ退職
2人の子供にも恵まれ孫も出来
幸せな家庭生活を送っていた

そんな私を病魔が襲った
私は病院のベッドの中で半年も苦痛と戦っていた・・・
病院から見る景色は冷たいビルの壁だけ
でも、夕暮れになるとグレーの壁に映る夕日が美しくて
それだけが私の慰め


痛み止めの注射が効いたのか
幻覚なのか・・・不思議な夢を見た
40年前の
記憶にもないはずのあの場面

夢の中の男は・・・
紛れもなく今の夫の姿だった

夫が見舞いに来た
夢の話をしたら 
「お前が死んだら?お前の元気だった頃の姿、絶対、見に行くよ」
夫は笑っていた
そうか・・・あの時、40年前、
やっぱり、あなたは私に会いに来てくれたんだ・・・
あなただって分かっていたら・・・もっと、優しく出来たのに

「あなた・・・私が死んだら必ず若い頃の私に会いに来てね」
夫は微笑んでうなずいた

今度・・・
あの「男」に会ったら、こう言おうと思う
「ご一緒のデーブルでランチして良いですか」
あなたはきっと微笑んでうなずいてくれるよね

                         完


私の妻は天使 [大人の童話]

私の妻は身勝手で
気が強くて
悲しいぐらい身体が弱くて
いつも私に心配をかける
悪妻・・・いや、本当は天使だった。

働き者で・・・だから気が強くなくては生きていけなかったのだと思う。

仕事が休みの午後
「ねえ~ぇフレンチ食べに行かない?」
「・・・フレンチ?」
「うん!フランス料理だよぉ」

私はそんなものを、ちまちま食べるよりも
テーブルいっぱいに並んだご馳走を食べる方がいいと思っていた。

でも、仕方が無いので妻と連れ立って小奇麗なフランス料理店に入った。
コース料理は結婚式等でしか知らなかったから
料理を選ぶのも大変だったので金額で選んだ。

テーブルに綺麗に並べられたナイフとフォーク
真っ白いナプキン

「それ、ひざにかけるのよ、赤ちゃんじゃないからヨダレかけみたいに掛けないで・・・」
「そんなこと知ってるわい!」
来た事も無いくせに、堂々としている妻

スープが運ばれてきて
前菜
次に魚料理


「ねえ~・・・ナイフとフォークが多すぎだよ、どれかな?これ?」
妻は魚料理にナイフをあてた
でも、違うと感じた妻は
「このナイフとっかえて!」
「・・・なんで」
「私が間違えて使ったと思われるもん」
「・・だって、間違えたのはお前だよ」
「・・・いいのっ!文句ある?」
強引な妻は自分が間違えて使ったナイフを私のと取り替えた。

お口直しの料理が運ばれてきた

ウエイターが間違えたナイフをスマートな手つきで取り替えていく

メインの肉料理
デザート
ホット珈琲

始めはグラスビールで乾杯
次は白ワイン
途中で赤ワイン
とどめの珈琲で日本食が好きな私の腹の中はごたごたになった。
帰り道、妻はよほど嬉しかったのだろう
あの料理はどうのこうの
カウンター越しに時々姿を見せるコック帽の白さに感激したり
久々にはしゃぐ妻を見たような気がした。
しかし食事に大金を使ったのはこれが初めてである。

妻が身体の不調を訴え始めた頃のことだった。


「ね~ぇ、あなたの着るものはこの中に・・・季節ごと入れ替えるの面倒だから全部、タンスに入れたからね」
「ふ~ん」
私はどうでもいいような返事をしていた。
今になって思えばタンスの引き出しの妻の衣類が減っていた事に何故気付かなかったのだろう。

ある日いつもの様に勤めに出た妻の会社から、私の職場に電話が入った。
妻が倒れて病院にいるということ・・・
急いで駆けつけると妻はニコニコしながら病院のソファーに座っていた。
「御免、ちょっとめまいがしただけ、2・3日仕事休めば大丈夫だから・・・」
そのときも私は、妻の笑顔に騙されていた。

妻はまた、仕事に出るようになった。
何事も無いように時は流れていった。

「おっ!」
「なあに?」
「最近、痩せた?」
「・・・うん!ダイェットしてるの」
「ダイェットなんか止めろよ、老けて見えるぞ」
「・・・そお?」
妻が淋しそうな顔をしたような気がした。


「なに?それ」
「これ?胃薬」
「胃が悪いのか?」
「うん、少しね」

フランス料理を食べに行ってから2ヵ月後
妻は救急車で運ばれて
そうして、私の側から消えた
「キスをして」・・・と病院のベッドの中でつぶやいてからまもなく
妻は天使になった。

今でも分からない
妻はどうして自分の病気を隠していたのか
どうしてきちんと治療を受けなかったのか
残された私は、この疑問と死ぬまで向かい合っていかなければいけないのか

独り残された私の日常が始まった
「お~い靴下は?」
「シャツは?」

妻の返事が無い
妻がいなくなってから、初めて妻のタンスを開けてみた
涙が出た
あんなにあった下着や衣類が殆どなくなったいた。
空っぽ状態の妻のタンス。
自分がこの世から消えてしまった後の私のことを考えてくれていたんだね
きっと、そうなのだと。

以前から妻は言っていた
「自分が死ぬときは・・・トランク1個の状態にしたいな・・・忘れたけれど有名な?女優さんも言ってたし・・・」


私は妻と行ったフランス料理店に行った

あの時と同じものを注文した
グラスワインを2つ頼んだら若いウエイターが
不思議がらずにニコニコと、私のテーブルにグラスを並べた。

「お前もここにいるんだね?乾杯しょうか?」



                               完






あとがき

年末に調子を悪くして
ベッドの中で考えた内容です。
夫には「また~ぁ・・・」と言われそう
人が死んだり・・・内容が、お正月らしくない?
明るい何か・・・書けないかしらねぇ・・・

最後まで読んでくださってありがとうございました。
もっと、勉強します。
                 
                         秋乃 桜子

あの人が遠くに [大人の童話]

あの人が遠くに
     
   秋乃 桜子


季節は枯葉舞う秋
ソラは独り並木の枯葉を踏みしめて歩いていた。
カサコソと、枯葉たちが足元を舞う
彩のカーニバル
秋は心をメルヘンの世界へと導く
コロポックルが・・・私を別の世界へと・・・

ボ~ッと歩いていると車がソラの脇に停まった。


「あなたでしたか・・・」
「えっ?」
「わたしですよ!命を救ってくれたじゃないですか」
「・・・あの時の?」
「はい!あの時の・・・です」
男は生まれ変わったように明るく、まるで別人のように見えた。
「お元気そうで良かったです・・・」
「はい!おかげさまで」

男とは短い会話をして別れた。

ソラは1年も付き合っていた恋人鈴木 翔太に彼女がいたとは思わなかった。
それも半同棲。
これは、男のエゴか、仕方のない動物と、諦めるべきことなのか・・・
ひたすら枯葉の上を歩き回り時の過ぎ行くのを待った。
きっと、時が今の自分の状況を何とかしてくれる・・・
忘れさせてくれる・・・。


それからしばらくして、あの男から一冊の本が届いた
達筆な文字で書かれた文章が添えられていた。

あの秋の夕暮れ、私はあの場所で私の愛した空に会ったような気がしました。
貴女の名前はソラ・・・何の因縁でしょうか、私の心は今も私の愛した空のところにいます。
私の命をこの時まで生かしてくれて、空との思い出の本も書けて幸せな思いでいます。
ただ・・・読んでくれる人がいません。
ご迷惑とは思いましたが、空と同じ名の、ソラさんに読んで頂きたくお届けした次第です。
本当にありがとうございました。


失恋男の自殺未遂?、女々しい泣き言の字列のぎっしり並んだ文章?
今のソラにはそんな本を読んで見る気も起きなかった。

翔太からの連絡は途絶え
恋人を失い本当に一人ぼっちになったと、感じた。

翔太とは仕事先で知り合った。
その翔太は今は職を替えて見知らぬ街で暮らしているのだろう。
秋の日の連休、女友達も恋人達と小旅行の出かけ
ソラは何もする事がなく窓辺の観葉植物に癒されながら時を過ごしていた。

ふと、テーブルに無造作に置かれたままの本が目に留まった。
それは、あの男から届けられた題名は「1800枚のラブレター」
副題 「私の愛した空」だった。
本など読むのは何年ぶりだろうか、女性週刊誌で芸能、ファッション
たまに政治に関すること、そんな程度で活字からしばらく遠ざかっていた。

読んでいて、内容はつまらないものに思えた。
他人のラブレターなんて、読んでも面白い訳がない。
毎日の日記風に書いていて登場人物や場所などは
多分、架空のものに置き換えられているのだろうとソラは思った。
毎日、毎日、「俺だけのおまえ、おやすみ」と文章は締めくくられていた。
1800枚といっても原稿用紙にするとその3倍はあるかと思われる枚数で
青い空と桜色の表紙が中年男が書いた本には不釣合いに見えた。
暇に任せ読み進んでいった。
つまらない、下らないと、思いながら
ソラは、最終章までたどり着いた。

「あ!私に助けられた時のことが書いてある
そうだ、翔太と一緒のときの事だ・・・」心の中で叫んだ。

人の書いたこんなもので?
涙が流れてきた・・・同じ名前の空と、ソラ?
あんなにひどい男なのに、翔太との思い出と重なった。

ふと、ソラの心臓が思い鉛を乗せられたかのように苦しくなった。

「あの人、今度は本当に遠くに行ってしまう!」

「助けてあげたじゃない!」

「ありがとうって言ってくれたじゃない!」

「嫌だよ!みんな生きなければ頑張って生きなければ!」

「私も、元気になるから、おじさんも死んじゃ駄目」

「あの人、本当に遠くに行っちゃうよ・・・誰か助けてあげて!」

涙とともに悲鳴に近いソラの声は振り出した雨音に掻き消えてしまった。


           完

1800枚のラヴレター [大人の童話]

「1800枚のラヴレター」
               秋乃 桜子
第一章 「 出会いと別れ」

「駄目だよ!生きて!」
また、ブログが更新された。
空が遠くの世界に旅だってから、もう二週間になる。

私の愛した空、
初めて彼女を見た時、良く動く娘だと、思った。
好感をもつ、と言うより、彼女の動きを見ていると、飽きなかった。
身振り手振りで話す、空の顔、決して美人ではなかったが、
何故か仕事中、彼女の姿を追うようになっていた。
仕事は、暇なときは、本当にすることがなく、ただ、部下の仕事ぶりを眺めるだけの毎日だった。
 空は、中途採用で入社してきた。
娘といっても、すでに人妻で、童顔なのか、35才にして20代の独身にしか見えなかった。
私と言えば、若い頃は順調に仕事をこなし、あと、数年で退職して、次の人生を家族と共にと そんな矢先の空との出会い。

「変わった名前だね?」
「変ですか~ぁ」
「いや、そんな事はないけれど、 履歴書を見たとき男かと思ったよ」
「母がつけてくれたんです。」
「お父さんじゃないの? 」
「父はいません・・・」

それが、初めて空とした会話だ。
それ以外は、部下が空の仕事の指示をしていたので、ほとんど口を利くことがなかった。 ある日、なかなか飲み会に出たがらなかった空が課の飲み会に参加した。
いつものように元気に話し動く空は、人間と言うより可愛いペットのように見えた。


空が死んでしまってから十五日目
空のブログが更新された。

 「元気?空は元気だよ。天国でお母さんやお父さんと仲良く暮らしているよ。
あなたも、家族と仲良くね? 自分の部屋に引きこもり・・・は、駄目だよ!元気に生きて! 空はいつでも、あなたを見守っているよ」

 なんでだよ! 空は何で、ブログを更新するんだよ。
私は、パソコンから、離れられなかった。
それが、予約更新だと知っていても、空がパソコンの中で生きているような気がした。
冷たいパソコンの画面にふれてみた。
悲しくて、淋しくて涙がこぼれた。
おまえの後を追いたい!
だけれど、おまえのブログの更新の最後を読むまでは、見届けるまではね。


 空が死んでから、十六日目、空のブログがまた、更新された。

「元気?空、少し・・・しつこいかな?いつまでブログ更新しているんだよ~って、あなたに、言われそう~怒っているでしょう? ・・・きっと、あなたが元気になるまで続くかも。元気になったら空のブログのページ開かなくなると思うし・・・あなた! 生きてね! 」


空は父親の愛を知らなかった。
母も、身体が弱く早くに死んでしまったらしい。
空は私生児で、父親もすでに他界したらしいと、空から聞いたことがある 。
空の結婚は早かった。 十九で結婚して、ほとんど恋愛経験もなく大人になった様なものだった。 まして、父親の愛情を知らず育ったためか、私のことを、悔しいが、はじめは父親のように思ってくれたのだと思う。
しかし私と空は純粋に愛し合うようになるまでに時間は、そう掛からなかった。
男と女の関係と言う次元では無しに、抱きしめ合って、お互いのぬくもりを感じているだけで幸せだった。


「あなた、元気?あ!そうだ、想い出の写真捨ててね?未練は・・・駄目でチュ!」
空の短いブログが更新された。
生きているかのような・・・空!
私は、空の何を知っていたのだろうか?
自分の欲求のまま、空を束縛して、傷つけて何年もの長い間・・・
空、もうじき桜の季節だよ! あの、想い出の桜の木の下に今年も行きたかったね?
おまえの笑顔が見たいよ・・・空!

空は酒に弱かった 。初めての飲み会の夜、私はタクシーで、家の近くまで送った。
酒に弱い空は、ショートカットの頭を私の肩にのせて、まるで、父親に甘えているように 見えた。 しばらくして、私は空をディトに誘った。 何十年ぶりだろうか、妻とさえ、ふたりっきりのディトなどもう、昔のこと。ただ、珈琲を飲んだだけの短い時の流れ・・・
突然、別れ際に、「今日はご馳走様でしたぁ~」
「今日は楽しかった!ありがとう!」そう言う私に「ディトの後は普通チュ!ってするのにな~ぁ」空は笑いながら私の前から駆け足で去っていった。
私だって男だ・・・気持ちはあるが・・・
何故か二人が急速に接近した一日だったと思う。
私は、空に夢中になった。


「あなた?今、何しているの?元気?それとも・・もうこのブログ読んでいない?」
私は、管理人のいないブログのコメントの欄に書き込みをした。
「空、愛しているよ!おまえのそばに行きたいよ・・・いつまでこのブログ続くんだよ・・・辛いよ!空の所に行きたいよ!」

暖かい春の陽射しを感じながら 私は、二人だけの桜を見に行った。
桜の巨木の前に立った。まだ、ピンク色の桜のつぼみは今か今かと開花を待っているようだった。 もうじきだ、空をここに連れてきてやるよ・・・


「空!桜はまだ、つぼみだよ・・・もうじきだね二人の桜が、満開になるのは」
今は、もういない空のブログにコメントを入れた。
仕事のない日は、家族から離れてパソコンのある部屋に閉じこもっていた。
息を殺して、時のたつのを待っていた。



第二章「興信所」

空と私は、短い時間を有効に使っていた。
お昼の休憩時間は車を使い、少し離れた場所まで移動、誰にも会わないように、細心の注意はらって、ランチタイムを楽しんだ。
今まで口にしたことのない贅沢な食事もした。
空となら、なんでも、美味しく食べられる。
そうして、空にはなんでも、食べさせたかった。
いろんな所にも連れて行ってやりたかった。
制限つきの付き合い・・・
空にも家庭という紙切れでつながっている夫がいたし、私にも家族がいた。

ある日、私は妻に呼び出された。
なんで、ホテルの部屋に?
私の実の兄も来るらしい・・・自宅で良いんじゃないかと、
私は、直感した。空のことがばれた?・・・

フロントで、名前を言った。
「11階の118号室でございます」 すでに妻と実兄は、来ていた。
開口一番「おまえ浮気してんのか?」「何で・・・?」
「道子さんが・・・なあ?」
妻の道子は伏せていた顔をあげた「おとうさん!浮気しているでしょう?」
もう、顔が、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
何故か醜かった。同情心など、出なかった。
妙に、憎しみだけが残った。
自分が悪いことをしている、という実感がなかったからだ。
「浮気なんかしてない!」
私は否定したが、テーブルの上には、私と空の写真が無造作に広げられていた。

私はその時、言葉が出なかった。 妻は空に会いたいと言った。が、私は断った。「ただの浮気だから、もう止めるし相手にも家族があるし・・ごめん!もうしない」

仕方がなかった、空に被害?が、及ぶのをくい止めなくてはならなかった。
実兄は、同じ男として、私が一時の浮気と信じてくれて妻を説得してくれた。
同じ家に住みながら、帰りは別々に・・・すぐには帰りたくない私は、見たくもない映画を見た。画面いっぱいに広がる映像はつまらなかった、全てが無意味に見えた。

そんなことがあってから、少しの間、私は空をさけた。何も知らない空は、仕事中も心とは裏腹に明るい笑顔を振りまいていた。
時折、悲しい目で私を見たが私は避けるように、仕事に集中した。
 自宅に帰ると妻は私との会話をさけた。
常に、子供を介して・・・
私にしてみれば、そのほうが気楽だった。
むしろ、口も利きたくなかった・・・
そんな妻の道子を逆恨みした。
妻は、休みというと毎日買い物に出かけ
いつも、大きな荷物をもちかえった。

腹いせだろうか・・・が、私は、無視をした。
空は質素に暮らしていたが、妻は昔から浪費癖があった。
似合わない服を買っては、何も言わずに、どこかに出かける女だった。
食事も、外食を好み、子供の言いなりの女だった。
それでも、空を知るまでは、それが、あたりまえのように感じていた。

妻の道子を殺したくなるほど憎かった。
私と空の仲を裂こうとする 全てが憎かった。
自分で何も出来ないという葛藤・・・反発!


私は、空に手紙を書いた。
手紙は付き合いはじめてから書いていた。
毎日、欠かさず。空を避けている間も、私は空に手紙を書いていた。
渡せなかった数枚の手紙と一緒に空に渡した。
空に書いた愛の手紙は延べ1800枚にもなっていた。
妻にばれたこと、辛い自分の気持ち、だらだらと同じ事を・・・
それを知った空は私から去ると決心を・・・
しかし離したくなかった。
別れるという空の言葉をさえぎって、私は無理に逢い続けた。

 再度、妻から呼び出された。
子供に聞かれたくないという妻とドライブに出た。
やはり、空のことだった。 また、興信所を使ったらしい。
自分のしていることとは裏腹に、どこにそんな金があるんだ、と妻をいぶかしく思った。
妻とは、平行線をたどった。
私は、空との事を全て否定し・・・空をかばったつもりだが
妻の道子は、騙されることはなかった。
その後、妻が空のところに押しかけたこと。
空の夫にまで話が行った事、
空は苦しみを、全てひとりで自分の心の中に閉じ込めたこと。
私に、愚痴も言わず。

空が死んでから、もう20日
今日も空のブログが更新された

あなた、元気?
本当は、こんなブログ更新するべきではないと・・・
でも、これは未練なのよね?
もしかしたら生きている私がいて、あなたがいる・・・
そうして、この予約されたブログを二人でお酒を飲みながら、笑いながら見ている
そうなればいいと思って書いているんだよ。
でも、こんな状況下では無理だよね?
あなたの家庭がこれ以上壊れてしまわないうちに・・・
私も夫の暴力に耐えていくのは辛いし・・・
悲しいよ!あなたに逢いたい!でも、無理なの・・・
生きている意味がないの
家にいるのが辛いの・・・だれも、助けてくれない・・・
夫は、言葉もなく私を悲しい目で見て、お酒を飲んでは、暴力を・・・
辛いの・・・助けて欲しい!

 空の、ブログの文章が長くなってきた。
この世の別れとの葛藤?
空、苦しかったんだよね? ごめんね・・・
涙が止まらなかった。

第三章「手紙」

空、おまえを知ってからの長い間、日記でさえ続いたことがない私は毎日手紙を書いた。 よくも、こんなに書くことがあるものだと自分自身感心するぐらいだよ。

おまえの言葉だけが、頭に浮かぶ
「もう、あなたの玩具は壊れてしまったの」
きっと、その言葉がおまえの心の全てを表しているのだと思う。
はじめの頃は子供が大きくなるまで・・・と、次は親が歳だからと、
5年もの長い間おまえを引き止めていた。
今回の事で、おまえは深く傷ついて、妻に罵倒され、夫にもばれて
行き場のないおまえ・・・辛いよね?
これ以上、不透明な時間の為におまえを引き止めることは無理なのかもしれないね。
おれは、おまえと離れ離れになっても、今までのように、寡黙に自分の殻に閉じこもり
そうして、おまえの思い出の中に生きていこうと思う。
永遠におまえを愛して・・・死ぬまで愛し続けて・・・
遠くにいても、いつも空!おまえの見方だからね!
もしも、将来、空?迎えに行ってもいいかな?
でも、おまえは待たなくていいよ!これ以上苦しめたくないからね。
私の人生で、一番愛した空・・・これからもず~っとだよ!
空、おまえ以外、もう、誰も愛せない、愛さない!
ごめんなさい!こんな男を許して欲しい。
おれだけの空、愛しているよ。


空とはこの手紙を渡して、それ以来、逢うことはなかった、
仕事もやめて、夫に軟禁状態になっていたのだと思う。
せめてもの救いは、空のブログで、近況を知ることだけだった。
ある日、空のブログが更新されなくなり、空が遠い世界に旅立ったと
知り合いから知らされた。

そらから、数日後
空のブログが、また、更新された。

桜、咲いた?私たちの桜・・・綺麗に咲いたかな?
私を、今年も連れていって・・・私の心を桜の木の下に埋めて!・・・
しつこくあなたから離れない空の心を、どうか桜の木の下に埋めてきてください!
自分の死を見つめながら、このブログの予約更新・・・だんだん辛くなってきたの
私、どんなに、遠い世界に行っても、あなたのそばで生きていくよ。
あなたの風になって生きていく・・・
ありがとうあなた!私の人生で只、ひとり愛したあなた!
私の分まで、強く生きていってください!
本当に、ありがとう!
これが最後のあなたへの手紙・・・さようなら


最終章「私に名前はありません」

空のブログが更新されなくなり
私は、本当に空を失ったのだと自覚した。
現実なのだと、理解した。
空がどのようにしてこの時の流れから消えていったか、
それは悲しすぎて辛くて書けません
私は狂いそうな心を部屋に閉じこもることで押さえつけ
当然、仕事にも実が入らず、早期退職を願い出た私は
思い出探しの旅に出た。
旅といっても、空と行った近場のスポットだったが・・・
そうして、それは、私の人生の最終章となるはずの場所だった。
わたしは、思い出の桜の木の下に空と私の心を埋めた。 
わたしは、薬を飲んだ・・・

「ねえ・・酔っ払い?誰か寝ているよ・・・」
「ソラ!ほっとけよ」
「でも、この人、目に涙をいっぱいためている・・・」

若い男女の声が遠くに聞こえた・・・
「・・・空?そんなわけがない・・・フッ・・・」


意識が遠のいていく・・・

「大丈夫ですか?」
「聞こえますか?」
「お名前は言えますか?」
 私は、医者の声で目がさめた
「私の名前?・・・あなた・・・です・・・」

私は二人の思い出の桜の木の下で空のあとを追った。
不甲斐ない・・・天は、私を空の傍に行かせてはくれなかった。
でも、あの時、私は空を感じたような気がした。
優しく、風になった空が、私の身体を包んで、死から守ってくれたような気がします。

私に、名前はない、空が私を名前で呼んだことがなかったから・・・
「あなた!」と、
どうして、名前で呼んでくれないのかと、聞いたことがある
「だって、寝言であなたの名前言ってしまうと大変でしょう?」

死にそびれた私のこれからの人生に、名前はいらない。
そう!私の名前は・・・「あなた」です。
生きていきます。 これが私の試練です。
空に書いた1800枚ものラヴレターを今、本に書きとめています。
私の最期の仕事です。
きっと、これを書き上げたら空は私を受け入れてくれることでしょう。
きっと、そばに行くことを許してくれることでしょう・・・

そうして、そこでも、私の名前は「あなた」です。

                        完
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